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アブラハム・ムーン|オーダースーツ&ジャケット・シャツのテーラー渡辺

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当店にイギリスは北イングランド、ヨークシャー州にある有名ファブリックメーカーの「MOON(ムーン)」社から、待望の「ヘリテージ・コレクション」が入りました。このバンチは、日本では現在4セットしかない「幻の名品コレクション」といわれている幻の「バンチ」コレクションなのです。以前から、その存在は確認しておりますがどこに探してもなかなか見つからない「名品のコレクション」と言われておりました。ある、都内の有名商社から「厚い信頼関係」のもと、担当者に探してもらいようやく当店に常時置かせてもらうことになりました。「こんな、名品コレクションが当店に置かせてもらうことになるとは・・・・」。取引先から、もらい受けたときには私は感動してしまいました。「幻のムーン・ヘリテージコレクション」。古くからある書物のようなハードケースに入り、各マテリアルと見開きサンプルとして一つ一つ丁寧に説明書とそれまでのストーリーを入れてあります。これからそのストーリーのご説明をいたします。

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「アブラハム・ムーン」の「ヘリテージコレクション」の「シェパードチェック」。「シェパード」は「羊飼い」の事で、本来はスコットランドの羊飼いの着ていた白と黒の綾織りの単純なチェック柄を言う。「シェファード・チェック」「シェパード・ブレイド」とも呼ばれる。和名の「小弁慶格子(こべいけいこうし)」にあたる。スコットランドのハイランド地方から生まれたディクトリウト・チェック(地方の領地独自のチェック柄)の起源となった柄。ハウンドトゥース(千鳥格子)と間違えやすいが、格子にハウンドトゥースのような牙がない。由来は15世紀に英国の羊飼いたちはしばしば「プレイド」と呼ばれる悪天候から身を守るためウェストから肩に掛けて包み込むような長い丈の洋服を着ていました。時々彼らは野原で寝るときのためにブランケット代わりにその大きな洋服を使っていたそうです。羊飼いたちはその生地を彼らにとって手に入れやすいものとして黒毛や白毛の羊から採った染められていないウールで作られていたそうです。織物専門の歴史家たちの間では“シェパードチェック”は初めて作られたチェック柄と言われており、最も初期では羊飼いたちがシェパードチェックを着ることでシェパード姓を持つことができ、生得権をも得ることができました。そして英国にいるたくさんの羊飼いたちも同じチェックをまとい、彼らの家族のシンボルとして扱われました。“シェパードチェック”はシンプルなジャケットになり、スラックスの色はどの色でも合わせやすい応用の利く素敵な一着になります。

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「タッターソル」「タッターソール」ともいいます。「タッタソール・チェック柄」とは?単に「タッタソール」「乗馬格子」ともいう。明るい生成り地に赤や黒などの2色のストライプが、たて・よこ交互に均等に引かれているシンプルなチェック柄。1766年に英国東部にある「リンカンシャー州」にあるMr.リチャード・タッタソールがロンドンに馬市場を作ったことに因む名前が元来の由来。そして「タッタソール」の馬市場で鞍用(くらよう)毛布や競馬師たちのウエストコート(ベスト)に用いられていたカラフルなチェックのベストの格子柄をこう呼ぶようになりました。ベストは競馬の会議の際や、狩猟の正装の一つとして幅広く取り入れら次第に上流階級にも用いられるようになり、ビエラの代表的な柄になりました。スーツのジャケットに覗く格子柄のベストは、シンプルで上品さを醸し出します。当店の提案はスラックスと、ベストと同じ柄で仕立てたら、なんて良いでしょうかね。ベストに衿(ラペル)をつければ、ちょっとした上着のかわりになるし、室内用のルームウェアには最高の「オッドベスト」「ウェストコート」のマテリアルになります。

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「アイビーストライプ」「カレッジストライプ」ともいいます。ケンブリッジ大学のレディマーガレットボートクラブの学生メンバーが着た鮮やかな真紅色のジャケットが最初の“ブレザー”と呼ばれています。また冗談めかした言い方でもある“燃えるような色彩(Blaze of Colour)”は1880年代に英国のクリケットやテニス、ボートのチームに所属していた大学生たちが着ていた鮮やかなストライプのジャケットにも用いられました。1930年代ではこのブレザースタイルは夏の洋服としてもっと色が落ち着き始め、とても人気なスタイルになり始めました。アメリカのブレザースタイルは、青、深緑、たばこの葉のようなブラウンやクリームや淡い黄褐色が人気でした。1950〜60年代にかけてトラッドブームの頃、アメリカのスクールカラーを入れた大きなはっきりとした「ボールドストライプ」の柄に発展。「ボールド・ストライプ」とは、その名の通り「はっきりとした、力強い:」と言う意味。アメリカのスクールカラーを入れた大きなはっきりとしたストライプの柄でジャケットを仕立てたプレッピーな「アメカジ(アメリカンカジュアル)」。「ピーコック・レボリューション」というファッショントレンドの中で耀いていた柄でもあります。現代の、王道の着こなしはノスタルジックに「アメカジ風」に仕立てるジャケットで、美しく引き立てるメタル釦を付け、コットンや麻のスラックスやハーフパンツを合わせてみてはいかがでしょうか。

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ここ数年続くベーシックな英国調トレンドで、ビジネスウェアにおいて巷ではスタイリッシュなブリティッシュベースのオーダースーツ・ジャケットが大流行。ブリティッシュパターンの「ウーステッド・ウール・スポーツジャケット」コレクションをパワーアップさせ、皆様にご提供することになりました。以前よりも色柄数を増やし、見開きサンプルをご用意させていただきました。カントリージャケット・スーツでも都会的なアーバンジャケット・スーツでも、どちらでも使用できる「ビジネス・カジュアル」の応用範囲が広い「オーバーチェック」「ガンクラブチェック」を集めたトラディッショナルなディスイズ「ブリティッシュチェック」「ディストリクト・チェックdistrict check」コレクション」です。ウェイトも280gmsと秋冬はもちろんのこと春先まで着られるスリーシーズン対応ウーステッドジャケット・スーツコレクションです。

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「ブラック・ウォッチ」とは「ブラック・ウォッチ・タータン」ともいう。紺と濃緑と黒で構成されるダークなタータン・チェック。スコットランドの歩兵連隊であるロイヤル・スコットランド連隊を象徴する「レジメンタル・タータン(連隊タータン)として着用されている。ブラックウォッチは「黒い監視兵」の意味で、18世紀の中頃に英国軍の第42ハイランド監視兵中隊として編成され、通称ブラックウォッチと呼ばれたロイヤルハイランド連隊をいう。「ブラックウォッチタータン」は、連隊タータンとして使用されていたもの。一時期、反乱軍の中心となっていたハイランダー(スコットランドのハイランド高地住民)の結束を弱めるため、象徴となっていた各氏族(クラン)のタータンの着用が禁止された時期も、ブラックウォッチは禁止対象外とされてた。のちにロイヤル・スコット連隊に統合され、ブラックウォッチタータンも引き継がれている。途絶えることなく続いているブラックウォッチは、もともと代表的なタータンの基本形の一つとなっている。

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「タータンチェック」「タータン・ブラッド」ゲール語で「ブレアカン」とも言う。日本では「タータン・チェック」と呼ばれる事が多い。スコットランドのハイランド地方で生まれた伝統的な格子柄で、氏族(グラン)や一族(ファミリー)などを象徴する独自の格子柄として発達し、様々なスコットランド高地地方の一族、他の一家や宗派によって識別を意味した保護の下、スコットランド内で使われており一族の結束を高める柄として20世紀前半までに定着していきました。
タータンチェックの歴史
1538年、低地地方の羊飼いたちが彼らの羊から採られたウールによっておられた定番の黒と白のチェックや、茶とクリーム色のチェックなどをスコットランドのジェームズ5世が「タータンチェック」と呼ぶようになったそうです。低地地方の羊飼いたちが高地地方であった強制移動の後、北に移動し、定番の黒と白のチェックに単色が足された彼らのチェックが国に認められ、シンプルなタータンは高地地方に住む一族の「タータン」の先駆者でした。
17世紀終わりに、高知地方の兵士の一団は彼らの制服のひとつとして同じ「タータンチェック」を着ておりジャコバイトの一族も、一門のプラドや証明、誇りのシンボルとしてチェック柄の「タータンチェック」を使うことを認められていました。それは上流階級の高知地方の一族が「タータンチェック」や彼らの名前を奪われるまで、私たちが昨今知る素敵なタータンの重要性が進展しませんでした。「タータン生地」は紡毛・梳毛の綾織りの生地で、伝統的な使い方としてスコットランドではキルト(スカート状の衣装)、アリセド(肩掛け)などの民族衣装に使われてきました。現代では英国を代表する柄としてジャケット、コート、スカーフといったファッション性豊かな衣料にも使われるようになりました。

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北イングランド、ヨークシャー州にある「MOON(ムーン)」社。英国ヴィクトリア女王が即位した1837年、時を同じくして創業したという。創業者のアブラハム・ムーンは、昔家庭で紡いでいたツイードの糸を集めて買い取り、仕上げて販売するスタイルでヨークシャー州、ギーズリーに社を興した。その後1868年、布の仕上げに理想的なこの地の水を引き込んみ自身の工場を設立。新しく敷かれた鉄道の力もあり、 「MOON(ムーン)」社の生地は英国のみならずヨーロッパへと広まっていきました。「MOON」社の生地作りは、1837年の創業以来、とりたての羊毛から染色、紡績、そして織りと仕上げまで、全てを自家工場内で一貫して行う特別なものでした。工場生産でありながら、ツイードが家庭で作られるような手織り感のある“ホームスパン”だった頃の記憶を蘇らせるような、古き良き物作りの仕事が彼らのツイード生地に、深い味わいを添えたのかもしれません。創業者のアブラハムの死後も、"一貫生産"にこだわったその物作りの精神は今でも受け継がれ大事にそして大切に守られています。

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