テーラー渡辺

当店周辺の名所旧跡/オーダースーツ&ジャケット・シャツのテーラー渡辺

テーラー渡辺
当店周辺の名所旧跡
当店は文京区にあります。
文京区といえば、「文学の京(みやこ)」が由来で昔から多くの有名な文学者が住んでおられました。
当店の隣町は「本郷」、坂を下れば「谷中」「根津」「千駄木」通称「谷根千(やねせん)」といわれ、街のところどころに情緒ある下町の風景が見られます。面白い、珍しい風景をこのコーナーで紹介いたします。 まだ進行中なので少しずつ、増やしていきたいと思います。
当店の周辺地図
根津神社 1 根津神社
根津神社は(根津権現)の現在の社殿は、宝永3年(1706)五代将軍 綱吉(つなよし)によって、世継ぎの綱豊(つなとよ)六代家宣(いえのぶ)の産土(うぶすな)神として創建されました。
形式は権現造り、規模も大きく華麗で、国の重要文化財です。
     東京都文京区根津1−28
東大 赤門 2 東京大学(東大) 赤門
東京大学は国内最高峰の国立大学です。
1684年江戸幕府が設立した天文方と1858年神田お玉ガ池種痘所に創設された昌平坂学問所で日本で初めての近代的な大学として設立されました。
そして東大の赤門は加賀藩13代藩主前田斉泰が文政10年、11代将軍徳川家斉の娘【溶姫】を正室に迎えた時に当時のならわしとして、三位以上の大名が将軍家から妻を迎える場合には、朱塗りの門を建てたそうで、その当時の原型を残している国内では唯一の門なのです。
     東京都文京区本郷7−3−1

夏目漱石 旧居跡 3 夏目漱石旧居跡(区指定史跡)
夏目漱石 慶応3年〜大正5年(1867から1916)小説家。
この地に、漱石がイギリス留学から帰国後の、明治36年3月から39年12月の間、3年10ヶ月住んだ家がありました。当時、東京帝大英文科、第一高等学校の講師として教職にあった漱石は、この地で初めて創作の筆を取りました。その作品で「我輩は猫である」の舞台として、猫の家と呼ばれ親しまれました。この地で、「倫敦塔(ろんどんとう)」「坊ちゃん」「草枕」などの名作を次々に発表し、一躍文壇に名をあらわした漱石文学発祥の地なのです。文豪の居住の地として近代文学史上、重要な史跡であります。現在旧居は愛知県犬山市の「明治村」に移築保存してあります。
       東京都文京区向丘2−20−7
日本医科大学付属病院 4 日本医科大学付属病院
明治43年に開院され高度で良質な医療を提供し地域医療に幅広く貢献してきています。
国内でも屈指の高度救命救急センター(ICU)を持ち、特に【がん】の特効薬で有名な【丸山ワクチン】としても有名な病院です。
    東京都文京区千駄木2−3−1
森鴎外 5 森鴎外 旧居跡 都指定文化財(旧居)
明治の文豪 森鴎外は、明治25年 (1892)に亡くなるまで、この地に住み、「青年」「雁」「山椒大夫」「高瀬舟」など数々の名作を残しました。この地は本郷台地の東の端にあり、遠く東京湾品川沖までまで眺められたそうです。「観潮楼」という名前はそれに由来します。明治40(1907)から開かれた観潮楼歌会には、与謝野寛(鉄幹)、石川啄木、斎藤茂吉らが集いました。観潮楼は戦災などにより失われてしまいましたが、藪下通りに面した場所にあった表門の礎石、敷石などは残っています。
     東京都文京区千駄木1−23−3
光源寺 大観音 6光源寺 大観音
光源寺には江戸の頃、この倍はする大きな観音様があったそうです。
戦災で消失しましたがその後再び新しい大きな観音様が建立(こんりゅう)されました。

東京都文京区向丘2−38−24
弥生式土器発掘ゆかりの地碑 7 弥生式土器発掘ゆかりの地碑 
この地区は「弥生時代」の名称の由来となった土器が発見された「弥生町遺跡」の一角にあたり、弥生時代の遺跡が確認されました。現在では石碑が建っているのみです。その他、明治10年(1877)銃演習を開始した警視局(元警視庁)射的場が確認され弾丸が出土しました。
東京都文京区弥生2-11ー7
現在進行中なので、これからも増やしていきます。